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背負う

 

― 背負う ―


 ”人の一生は重荷を背負って遠き道を行くが如し。急ぐべからず”とは有名な徳川家康の家訓の一説です。
 一生はいつも重い荷物を背負って歩くようなもので焦って目的地に急ぐより一歩ずつ確実に進んでいくことが成功に導くといった意味です。
 家康は幼少時代の人質・数々の負け戦等を経験し織田信長・豊臣秀吉といった当時のライバルの後塵をとりますが、最後には関ヶ原の決戦で勝利し徳川幕府を開き徳川250年の礎となりました。
 人それぞれ”重き荷物”の中身は性別・立場・年齢などで異なるものの”背負う荷物“の重さを常に意識しながら一歩ずつ進んでいくことが人に課せられた一生の責任とも言えます。
 
 先日猪瀬都知事辞任のニュース番組が特番で報道されていました。朝から晩まで同様の報道がなされ耳にタコ状態でした。9月のオリンピック招致合戦の功労者から一転辞任に追い込まれた事由は医療法人徳洲会の徳田議員の公職選挙法違反に端を発します。  選挙違反の逮捕を受け買収資金等の調査より猪瀬都知事へ資金移動があった事実に基づき都議会をはじめとする激しい追及がありました。都議会の追及と自らの逮捕も視野にいれ辞任を覚悟したという顛末です。
 

 当初猪瀬知事の思惑は招致合戦の最大の功労者であること、安倍首相の後ろ盾があること等を糧として強気な姿勢を示していました。しかしながら都議会の執拗な追及と最終的には”百条委員会“の設置案が決定打となり後見人石原元都知事にも背中を押され辞任を覚悟しました。
 辞任発表をする猪瀬都知事の顔はなぜか晴れ晴れとしていてそれまでの議会でのたどたどしい発言よりしっかりしていてすっきりした表情でした。辞任によって追及の手は緩んだとはいえ不明部分は多く今後は司法判断となり新たなる追及が予想されるにも拘らずなぜ彼はそんな表情をしたのでしょうか?
 
 ”都知事”“東京オリンピック開催準備”など任期途中での放棄となり無念のほうが多いはずなのになぜあのような晴れ晴れした表情だったのでしょうか?作家・副知事を経て東京都知事に上り詰めたわけですが、”都知事”の重さを今回つくづく痛感・再認識したと思います。そのうえで“重荷”として背負いきれないことを自ら悟ったと個人的には感じました。
 彼は優秀な行政の執行者として石原都政を支え東京五輪招致も成功に導きました。ただしあくまでも立場はNo2でありNo1としての活動はこれからが本番だと感じていました。その矢先での事件 幾分仕組まれた部分があると感じますが、いずれにしても身の丈より高い立場であることを実感したのではないでしょうか?
 今後は天職である作家活動を中心に後方から都政を支えるとのことですが、一年という短命ながら一生”元都知事“を背負い続けることになります。
 
 人それぞれで”背負う”内容と重要性は異なるものの生涯背負うものと期間的に背負うものは分けて認識し特に生涯にわたり背負っていく家族はその他の“荷物”とは区別してとらえ常に最優先したい処です。
 現在合計250㎏の“家族”を背負っていますが家計は常に火の車でいつになれば軽い”荷物“になるのか頭を痛めています。




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