人工透析・夜間透析 南海田病院



三隣亡

  

 

- 三隣亡 -

 

 仏滅と三隣亡のダブルの厄日は珍しくはなく、カレンダーをめくっていくと結構あるものです。何を言っているのかわからない人がおられると思いますので少し”三隣亡”について触れてみたいと思います。
 三隣亡はもともと「三輪宝」と書かれ吉日の意味で用いられていましたが、どこかで誤解されて凶日として扱われ「三隣亡」にすり替えられたようです。三隣亡の日に新築すると火災が発生し隣3軒まで及ぶなどと俗説が生まれ必然的に上棟等は避けられるようになりました。
 朝からトラブル・災難・不幸の連続で今日は三隣亡のような一日だったというような表現が一般的です。

  

 12月初旬の月曜日は正に絵にかいたような“THE 三隣亡”の一日でした。
 毎月曜日は勤務が半日で比較的楽な一日となるケースが多く日曜に続く休息の日としてとらえています。しかしながらその日は始終トラブル 事件 苦情 災難が続発し休息どころではなくその対応に平日以上の体力と時間を要しました。

  

 パソコンを開くことから一日が始まりますが、その日はシステムの立ち上りが悪く会計ソフトが開くことができませんでした。ただその他のソフトは開くことはでき仕事は進めました。その直後関係官庁の担当者から報告書の再提出を求める電話がありそのやり取りでまた時間を要しました。通常ならそこで終わるところですが、続いて知人より携帯に連絡があり“ある告白”をされました。
 内容的には会社に訪問する担当者から手紙とかいわれのない贈り物をされ困っているとのことでした。それだけなら特に関係のないことなので聞き流すこともできたのですが、その相手が筆者の知人なのでどうにかしてほしいとのことです。
 当面相手の現状把握と動向確認をしておくとの返事をして携帯を切りました。午前中があっという間に経ってしまい仕事は手つかず状態でしたが帰ることにしました。これ以上病院にいても悪いことが続くとの判断でしたが、現実は厳しくさらに災難が待っていました。

  

 昼時間のJR車両内の乗客は比較的少なく、普段はワンカップ片手に日頃あまり見ることのない風景などを見てゆっくりしています。しかしその日はたまたま隣に座った外国人の女性の行動により第三者にも拘わらず”ある災難”に遭遇することになります。
 最初静かにしていましたが、ジュースを飲み終えるとペットボトルを楽器代わりに歌い始め挙句には訳も分からないことを叫び始めました。(しかも大声で)乗客の視線が筆者に全部集中し”何とかして! やめさせろ! ”と言っているようでした。針のむしろ状態が当分続きましたが、目的地(M島駅)に着くと彼女は満足しきった顔で颯爽と降りていきました。

  

 何とも言えない緊張感から解放され家に帰ると今度は愚妻より”ある申込”確認をされ期限切れであることが判明し取り急ぎ連絡すると受け付けはしてくれるとのことで事なきを得ました。
 わずか6時間足らずの間の出来事でしたが、一年365日の中でも記憶となる”三隣亡“の一日でした。




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