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スイートキャロライン

 

― スイートキャロライン ―


 今からちょうど50年前の11月22日(金)テキサス州ダラス 現地時間12時30分米国第35代大統領ジョン・F・ケネディの暗殺現場が日米間の衛星中継を通じて報道されました。当時筆者は小学1年で担任の先生が“終わりの会”の際に「今日お家に帰ったらいち早くテレビを見なさい!重大な放送をしているので」とクラス全員に伝えました。全員何のことやらわからずとりあえず「ハーイ!」と返事だけはしましたが、クラス40人の内テレビが自宅にあるものは約半数だったと思います。筆者の家はテレビが早くからあり、理解できないまでもその放送を見ることができました。50年たっても忘れることのできない程その報道の衝撃はすさまじく、テレビが初めて世界に向けて自国の大統領の殺人現場を中継した紛れもない”重大な放送“でした。

 

 昨年東部地区で最下位だったボストン・レッドソックスが上原・田沢などの活躍によってカージナルスを4勝2敗で退け6年ぶりにワールドチャンピオンになりました。レッドソックスの本拠地フェンウエイ・パークでは8回裏ホームチームの攻撃の前に恒例の行事があります。MLBファンであれば当然知っていることですが、”スイートキャロライン“の大合唱が始まります。この曲はニールダイアモンドというシンガーソングライターが1969年大ヒットさせた曲ですが、中学時代よく深夜放送で聞いていました。歌いだした由来ははっきりしませんが、一説によると場内放送担当の気まぐれで流したこの曲からチームが大逆転を果たしたことから恒例になったそうです。

 

 2013年10月米国上院外交委員会において第40代駐日大使にキャロライン・ケネディが満場一致で承認され、11月中旬に来日が決定しました。故ジョンFケネディの長女として生まれコロンビア大学卒業後、弁護士資格などを取得し弁護士・作家・図書館館長・財団理事など歴任しましたが政界等公的な立場での経験はありません。
 日本における日米外交の中枢を担う駐日大使としての役割は重く歴代の大使は経歴・実績ともに申し分のない人物が着任しました。政治・外交経験のない彼女に白羽の矢が立った理由はオバマ大統領の選挙協力に対する見返り人事だとする意見が一般的ですが、キャロライン的には生前亡き父が熱望していた来日を半世紀の時を経て父に代わって実現することになります。

 

 レッドソックス応援歌として有名になった”スイートキャロライン”は少女時代の彼女をイメージした曲です。父の突然の死に際しても健気で可憐な彼女に感動してニールダイアモンドが作った曲ですが、イベント・式典などでもよく歌われいわば国民的ソングともいえます。イギリスのような王家のないアメリカにとってケネディ家は特別な存在であって、ケネディ王朝と称されるように影響力・知名度ともに高く未だにメディアの中心となっています。
 日米双方の様々な政治的な思惑等の他なれない公務で苦労することが懸念されますが、彼女にはいつまでも“Sweet Caroline”(綺麗なキャロライン)でいてほしい”願い“は日米共通のものだと思います。




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