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しゅうニャン市長選挙

 

- しゅうニャン市長選挙 -

 

 4月21日(日)地方統一選挙の中で注目選挙の一つであった周南市長選挙の雌雄が決した。
選挙前の予想に反し、新人の藤井律子候補が現市長を大差で破り市政で初めての女性市長誕生となった。
 
今回の選挙は
①しゅうニャン市の是非
②官製談合の顛末
③中心市街地活性化等が主な争点となった。
 
しかし、最終的に現市長の肝いりであった「しゅうニャン市」関連が、新人候補に突っ込まれる材料となり予想以上の得票差を生み敗北が決定した。
“しゅうニャン市”グッズや宣伝カーもどきの全国行脚など広告と宣伝に投下した予算は数千万円に上るという。
 
2016年4月1日市庁舎において木村市長は記者会見と称し突然〝しゅうニャン市〝宣言を発表し参加者を唖然とさせた。しかも退席の際に背広の後ろに見え隠れする猫の尻尾に参加者は驚きを禁じ得なかったようだ。この日を境に〝しゅうニャン市”は公然と独り歩きを始め上記のプロジェクト等により市民や市職員を完全に取り込んだという妄想から迷走を始めることになる。

 
平成15年4月周南市は2市2町(徳山市 新南陽市 熊毛町 鹿野町)の合意と期待をもって誕 生した。周南は周防の南側に位置することより、古くから周南工業地帯とか周南地区などと言い表されてきた。
中核都市の徳山は江戸時代より毛利家の城下町として商工業ともに栄え商工品等を出荷出航する港も発展し現在の工業地帯の礎となった。残念ながら先の大戦により城下町は焼失したが、歴史的な文化遺産や史跡等は脈々と受け継がれている。
 
昭和から平成に至り生活環境や交通手段の著しい変化により中心地区の商業に陰りが見え始め百貨店やスーパーなどの大型商業施設の撤退が相次いだ。
徳山の衰退に代わり隣接する下松市が郊外型商業施設の誘致や住宅用地開発によって、多くの若年消費者や住宅購入者を取り込み県内外より活力ある魅力的な町としての評価を受けている。
 
木村市長は在任中周南復活に向けいろいろな施策を講じたが、劇的な効果を見出すことはできず、支持を受けていると思い込んだ“しゅうニャン市”妄想によって墓穴を掘ることになる。ネット上の“いいね”回数が何万回を記録したのか不明であるが、これを民意と捉えたのであれば決定的な敗北要因であろう。
元来、木村市長は職業柄実直で生真面目等が取柄で、取り巻きが望む”しゅうニャン市長“を演じる芸人的なキャラを持ち合わせておらず明らかにミスキャストであった。( 本文は筆者の独断と偏見によるもので確固たる根拠に基づくものではなく、個人の尊厳を足蹴にするつもりは毛頭ありません。)
 
以上を踏まえ、藤井新市長に期待することは
 
①民意を常に市政に反映すること
②ワクワクする周南市の構築
③文化や歴史を大切にすること
④得意分野を核として市民の期待に応える等である。
 
換言すれば女性独自の厳しい視点と得意分野である医療行政の充実など従来の箱もの中心行政に一線を引く潔さが時に必要となる。
筆者が子供のころ徳山はキラキラしていていつもアーケード街はお祭り騒ぎだった。あの頃の賑わいを今一度と思う人は施設関係者だけでなく、市民の希望でもある。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というたとえがあるが、新市長は後者であることを切に望み、新たなる周南市構築や礎の為に必要となる政策や施策を適時実行していく覚悟と忍耐力が不可欠となるであろう。
 
( 5月27日(月) 藤井周南市長 初登庁 ) 




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